玉岡かおる
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1/4の月を見上げて
新刊展望 1993年6月号
 


いま、別れようとしている一組の恋人達が、イルミネーションの滲む中之島のほとりを歩いている。空にははかない上弦の月。家を離れ大阪と別れ、恋人を残して、男は東京へ行こうとしているのだ。行かせない、別れる、ついていく。女に与えられた選択肢は三つに一つだ。
別れの原因?それは、実ははるか百二十五年前に、日本の首都が関西から東京へと移された時に端を発しているのである。・・・なーんて、唐突なようだが、ちょっと大阪の悲劇について聞いてもらいたい。
大阪は難波の宮が置かれた古代のみやこであり、文化の上方、天下の台所と呼ばれたように、長い間日本の心臓部として君臨してきた。それが今はすっかり東京の二番手に甘んじているのは周知の通り。
東京は一つしかない“都”だが、大阪はヨイショでもらった“府”に過ぎない。東京には本社が多いが大阪には支社が多い。電話番号だって、東京は03と数字が若いが大阪は06と遅れをとっている。「東京コレクション」のファッションショーは世界の耳目が集まるが、「大阪コレクション」はどうも身内ウケを否めない。エトセトラ。だからこそ大阪人は、甲子園にやったきた巨人戦で原や駒田を罵倒することでウサを晴らしてきたのだ。

しかし男はその若さのゆえに、自らナンバーワンの町に出て行きおのれの可能性を試そうとする。片や女は、いくら二番手とはいっても、他の地方都市とは比べ物にならないくらい便利なこの町を出ていく必然性が見つけられず、ただ男の言葉にとまどう。ここにいれば、自宅から繁華街に通え、友もいて家族もいて、寂しさとは縁がないのだ。女が出した答えはただ一言「あたし、やっぱりよう行かん」。
この情景をそのまま歌った『大阪で生まれた女』という名曲があるが、女同士でカラオケに行けば、いつもおひらきはその歌になるほど、普遍的なシチュエイションでもある。百二十五年前の大阪の悲劇が、確実に現代の恋人たちに影を落としていると言えるゆえんである。

それはさておき、今度出る『クォータームーン』は、そんな“大阪で生まれた女”たちの話である。主人公さつきは三択のうち、「あたしもいっしょに東京へ行ってみる」を選ぶ。齢百歳になろうとする曾祖母の助言によるものだが、「離れてしもたら終わりや」とは、東京_大阪間を新幹線・のぞみが二時間半で走るのを知らない世代だからこその実感かもしれない。
けれども結局東京で、さつきはその恋の破局をみる。三択のうちのその一つは、不正解のブザーを鳴らして二十五歳の彼女を大阪にもどすのだ。
さあ、そして物語が始まっていく。

いとおしくも真摯に生きている証拠ででもあるかのように、さつきの周囲にはさまざまなことが起きる。むろん、若すぎる二十歳にも、それなりの経験を積んできた三十歳にも、女の華の時間には実にさまざまなことがあるものだ。だがその中間地点である二十五歳は、昔「曲がりかど」と呼ばれたように、女にとって特異なポイントといえるだろう。単にキリがいいという以上に、十代からの勢いできたひと続きの時間に展開をみせ、友情や恋、ひいては人生といったものまで含め、新たな時間を見つめ直させるきっかけにもなっている。その意味では、ちょっとクサいが二十五歳はまぎれもなく女の青春のハーフタイムなのである。
だがそれも、さつきが占い師のように感じている曾祖母の百年の人生からみればわずか1/4にすぎない。
そのクォーターを、さつきはとまどい、怯み、あるいは心潰されながら、どこへ逃げることもせず生きていくのだ。大阪で。この場所で。
この本を送り出した今、なんだか私は、遠い天上からすべての二十五歳(クォーター)たちを眺めおろし見守っている、月にでもなった心境である。