|
管理しつくして「勝ち逃げ」
母は私が27歳の時に亡くなったが、生きている間は、少々煩わしい存在だった。
とにかくワンマンなわが家のボス。ぼんぼん育ちの父が道楽者であったので、家業の商売から家族のことまで、女手ひとつで切り回した。だから趣味も嗜好(しこう)も、すべて母が選んでふるいにかけた。母の気に入らないものを選ぶと、必ず知らない間に消去される。駄菓子屋でこっそり買った色つきの飴(あめ)。おこづかいのすべてをつぎこんでそろえたコミック。大好きなストーンズのレコード集。不衛生だからとか、勉強に身が入らないからとか、確かに母は正論を吐いたが、度を越したかどですべてを処分されてしまった時は、心の底から母を恨んだ。
もっとも、私が従順な娘であればそんなことにはならなかったかもしれない。母が好まないと知りながら、色つきのもの、少し毒のあるものに魅(ひ)かれる私は、その後もしばしば母とバトルを繰り返す。
管理しなければすまない母と絶対されたくない娘。だが勝負は私に不利に働いた。出ていってやる! 心に誓って何度も自立を試みるが、根性なしにできるのはそこまで。
「それでええのよ。女の幸せは、なんといっても家庭の中にあるんやから」
いいや違う、と逆らいつつも、お利口さんに勉強もして、結婚もして。それは母が娘のために見定めた安全で幸福な女性の生き方だった。
そして長女がうぶ声をあげた同じ夏、母の命は燃え尽きた。生きていれば、子育てもまた、母の管理の対象になっていたにちがいない。
「これで一安心。後はその子があんたに教えてくれる」
母の最後の言葉の意味は、娘が育つ17年の内にわかっていった。わが子を大事と思えばこそ、害なすものを振り払わずにはおれない親のさが。携帯電話に茶髪にピアスと、現代社会は次々色つきの毒を繰り出してくるから、娘2人を育てる私は青息吐息だ。
「あんたもわかったやろ」。どこかで母の声がする。悔しいけれど私の負けか。しかし、それを伝えるすべはない。まがりなりにも私をまともに育てた勝ち逃げの母は、私が同じ道をたどってくるのをきっと笑って見ているだろう。
|