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先日私は、他人様から「また出た!」と驚きおののかれるモノになってしまった。
ばけて出るどころかまだ死んでさえいない私に「また」と言うからには、その人のところには先客がいるわけだ。
それは十年以上も前に亡くなって、すでにあちらの世界でけっこうなカオになっているはずの、カワバタ先生という人物である。先生は、その人・・仮にモリさんとしておこう・・にとっては職場の同僚であり、私にとってはこの仕事に就くきっかけのようなものを作ってくれた先達だった。
精力的な仕事ぶりでまだまだ先が期待される人だったのに、まったく寝耳に水の“突然死”。おそらく過労ぎみであったのだろう、先生が息をひきとられたのは仕事先ちかくの喫茶店で、誰もが「まさか」と、すぐには信じられない衝撃的な死であった。
仕事部屋が向かいどうしだったモリさんは、もっとも近しい人だったらしい。なにしろ、何度も“ばけて”出られたほどなのだから。
そう、先生は本当に出たのだ。
最初は夜の研究室に。仕事に疲れたモリさんが、わびしいけれど一人で休憩するか、と酒瓶を持ってドアを開けると、そこにいた。
「おう、お前も休憩か」「やるかこれを」
いつものそんな会話が出そうな、自然な立ち位置、自然な笑顔だったという。ぎゃー、と声を上げ、モリさんは必死でドアを閉めた。
さらにカワバタ先生はシンガポールにまでついてきた。お二人が研究テーマとしていたヘミングウェイが泊まったというラッフルズホテル。寝苦しいベッドの中で、モリさんがふと目覚めると、背中にじっとりくっついて、添い寝していたのだ、カワバタ先生が。
棺桶の中に横たわっていた時の、赤紫に膨張した苦しげなあのお顔だったという。
なんで出る。何が言いたい。モリさんはけっこう苦しんだ。そして思い当たったそうだ。こころざし途中で亡くなっただけに、よほど仕事のことが心残りなのだろう。それで、皆を集めてどんちゃん騒ぎの酒盛りをして霊をしずめ、誓いをたてた。俺がお前の分までがんばるから、どうか成仏してくれ、と。
その後も、夜になるとクーラーが急に止まったり、パソコンの画面がふっと消えてしまったり、姿を現さない先生の脅しは頻発した。ようやくそれがなりをひそめたのは、後任を努めたモリさんの定年退官が近づいてからだそうだ。ああようやく解放された、自分なりのがんばりを、やっとあいつも認めたかと、モリさんは胸をなでおろした。静かになってみると、これでいつあいつが迎えに来てもかまわない、そうまで言える余裕もできた。
そんな矢先のことだった。
「すみません、私、カワバタ先生の……」
知人を通じ、訪ねてきたのが私である。
「ぎゃっ。・・また出たか」
となるのも無理はなかった。モリさんにしてみれば、てっきり、自分のせりふを真に受けたカワバタ先生が、使いをよこしたと思ったのである。先生はよほど強くモリさんの人生に食い込んでいたらしい。
そんなわけでユーレイに間違えられた私は、ひとしきりモリさんと、懐かしい先生の思い出話に花を咲かせた。そして思った。人生、ばけて出られるほどの友がいること以上の幸せはないんじゃないか。
もっか私は物色中だ。ばけて出ても、ちゃんと気づいてくれるヤツでないと意味がない。それにしては、どいつもこいつも……。当分、私は安心してユーレイにもなれない。
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