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私が住んでいる瀬戸内では、今年しまなみ海道が開通し、「夢の架け橋」と言われた巨大吊り橋のプロジェクトがほぼ完成したことになる。その中で、明石海峡に架かる大橋は私の家からも見える。名前を、パールブリッジという。
真珠をつないだようなライトが吊り橋を飾り、時間ごとに色が変わる。淡い紫からとろけるようなパステルピンクへ。その瞬間は息を飲むばかりだ。
だが眺めるたび、その美しさもさることながら、まったく、人間というのはすごいものを作るヤツだということに感心せずにはいられない。かつてこの橋のたもとの明石を舞台に『源氏物語』の明石の巻は描かれたが、今の海峡を目にすれば、まさに紫式部もビックリという光景だろう。
橋の名前は、神戸の地場産業である真珠から命名された。国際港を持つ神戸には、全国の真珠生産地から集められた真珠を選別、加工し、あらためて全国に流通させたり海外へ輸出したりする、いわゆる真珠業者の九割ちかくが集まっているという。
そんな神戸で育ったからというわけではないが、真珠はやっぱり、私がいちばん最初に関心を持ったジュエリーだった。おそらく、日本じゅうの女の子にアンケートを取ったら、宝石箱の中身はダイヤより何より、まず真珠、と答える人が圧倒的に多いのではないだろうか。ヨーロッパの人がよく、美しい日本女性のことを“東洋の真珠”と表現するが、やはり真珠がもっとも日本女性にふさわしいものだからに違いない。
真珠はふしぎだ。他の宝石のように、カットの方法や鉱石の大小によって左右されるのではなく、日本のどこで作られてもつぶらな球であるのは同じだし、その色や艶にも大きな差があるわけではない。わずかに、何ミリ玉というような大きさ以外には、素人目にはその違いすらわからないほどだ。
むろん、機械で作ったものでない以上、同じように見えながらも一つ一つが異なっている。それらの育った条件によって微妙に左右されるからだ。また、最近ではアコヤ貝以外を母貝とする黒真珠や淡水パールなど、そのバリエーションも広がって、実にさまざまな個性を持つ真珠が出回ってもいる。
考えてみれば、真珠は私たち女性自身によく似ている。
どれも同じように見えて二つと同じものはないというところ。つつましやかに見えて、長い年月を海流の中で過ごす途上、思いもよらぬものをその内側に秘めるところ。さらに、それを育てた母貝によって、黒真珠にもなれば楕円の粒にもなるところ。女心は、わずかな海流の温度によってさえ、ふるえるように揺らいで変わる真珠かもしれない。今度上梓することになった短編集『黒真珠』は、今までに発表した作品の中から、まさにそんなイメージを持って選んだものを一冊の本に編んでみたものだ。
筆頭に収めた『ブラック・パール』では、その名もずばり真珠をモチーフにして、二人の姉妹を登場させた。姉妹というのは、いちばん似ていそうで、まったく異なる、最初に出会う女どうし。この二人がどのように自分の生き方の方角を定めていくかには、おそらく多くの女性に重なる部分があると思う。他に、汚れのない純白の貝殻の中に秘められた、本音のままの女心をテーマにしたものもいくつか。また、自分の置かれた海流の中でじっと潮の流れをさぐり、あがく女たちも併せて描いた。
どれも、私が小説というものを書き始めて間もない頃の作品だが、さすがに今よりずっと若い分だけ、エネルギーもその感じ方も、今とは大きく違っているのが自分自身で興味深い。
また今回は、男性読者がどのように捉えるかなというのも関心のあるところ。もしも「女って怖いですね」で終わったとしたら、私の狙いはひとまず成功。けれど、「女の人って、哀しいんですね」と言ってもらえたら大成功だ。
いずれにせよ、私には一粒一粒、哀しくけなげな真珠たちである。それらをつないで、私なりの、読者のハートに贈る首飾りができた。大、小、黒、白、いろいろあるが、それぞれの輝きが、いつか描く長編への、大きな架け橋に育てばと思っている。
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