玉岡かおる
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書を持ち、海へ行こう
O-BAY(大阪湾ベイエリア開発推進機構)
 


 日本の神話で、海幸彦と山幸彦の話がありますが、この話にあるように、人は育った環境によって、DNAの中に海に適応するタイプか山の暮らしに慣れたタイプか、どちらかの因子が組み込まれるような気がします。私は三木市の生まれですから、DNAはどうも山幸彦のようですが、私の連れ合いは、白砂で有名だった高砂市の出身のためか、どうも海幸彦のDNAを持っているようです。その証拠に、彼は何か機会があると海に行きたがります。その理由として、「海は何もないからだよ。今の日本で何もない空間というのは、海の上くらいだからね」と言っていたんですが、長年よく分からず不思議でした。でもその後、一緒になって海に出たり、こうした水辺に関する取材を受けたり、シンポジウムなどに参加する機会があり、ウオーターフロントに関心を持つようになって、海幸彦のDNAとはどんなものか、何となく分かるようになってきました。

 すぐに理解できなかったのは、これまで私たちの生活から海が遠かったからではないかと思います。今住んでいる加古川をはじめ大阪や神戸といった都市は、すぐそばに大阪湾があって、本当は海との接点がもっとあってみんなが“海幸彦”だったはずなんですが、何となく海辺に足を向ける機会は激減していた。海辺には、工場や倉庫がたくさん並んで、海と私たちの暮らしの場とを阻んでいるからでしょうね。それは海上に出た時、埋め立てられて直線になった海岸線と、そこに建てられた工場群を見て実感しました。

 でも本来、海辺はさまざまな生き物に接することができる場です。そこに住む小さな生き物を見る。また、海が荒れた日ならば、例えば波にのまれて、自分の生命にかかわるような目にも合うこともあるかもしれません。でも、こうした経験を経て、生命の在り方を考えることになるはずです。私は、最近の子どもたちの心の荒廃の問題は、皆が海辺でこうした命にかかわる体験を持たなくなったことも大きく影響していると思います。海辺に行けば、生命の神秘や驚きに接することができるはずです。そして、こうしたことを通じて、自分の生命はもとより、他者へのいたわりの気持ちが自然に育つのだと思います。

 それに加えて、海に足を運ぶことで、今、海辺がどのようになっていて、どんな問題があるかを実際に知ることもできます。これまで環境問題でも何でも、海辺から発生した声によって改善されたことも少なくありません。私は作家ですので家で本を読んでもらうのも大切ですが、ぜひ書を持って、海へ行って欲しいと思います。きっと、新鮮な発見があるはずです。

 そうした意味で言うならば、私も少し関わったことがあるのですが、「なぎさ海道」の推進は、皆さんが海辺に足を向ける、いいきっかけになると思います。

 私の身近でも、「なぎさ海道」の整備で白浜が蘇った明石の海岸には、海亀が産卵に来るようになったと聞いています。人は破壊の生き物だったのではなく、復活させる者でもあるという可能性がうれしいですね。このように、海辺がどんどん蘇っていけば、人々ももっと海辺に足を運ぶようになると思います。

 大阪湾から瀬戸内海にかけては、世界でも希有な、多くの小島がある素晴しい風景が残されています。私たちは、このような大きな財産を次の世代にも残していく義務があります。そうした意味でも、「なぎさ海道」の推進に期待しています。