玉岡かおる
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新・学問のすすめ
私立中高・進学通信(関西版)Vol.3
 


■自分を理解してもらえない.くやしさから投稿した作文で賞を取った中学時代

――作家としてデビューされる前の一時期、教師をされていたそうですね。

「大昔ですけど大学を卒業してすぐ、母校の三木中学校で社会科の教師として2年間教壇に立ちました。実を言うと、教師になることよりも、教育実習に行くことが小さい頃からの夢だったんですね。子どもの頃、教育実習で来られる先生はスターですよ。だから教育実習でお客さん扱いをされる先生であれば充分だったんです。実際2週間の教育実習で、ちやほやしてもらって、最後は子どもたちから手紙をもらって、泣きながら別れを惜しむ、という私の頭に描いていた通りの展開だったから、それで充分満足だったんですけど、本当に教壇に立ってしまったのに、プロ意識がほとんどなく、私なんかが先生と呼ばれていいんだろうかというとまどいはありました。いきなり3 年生を受け持って、7歳しか年が離れていない生徒たちと一緒に勉強するような感じで、まさに青春の1ページ。毎日刺激があって楽しかったです。若い先生ということだけで好かれるのに、けっこうはちゃめちゃで、ほかの先生が言わないようなことを言うものですから、これでも生徒たちには絶大な人気があったんですよ。両親が、“職業婦人”になって嫁に行かなくなると困る、とうるさく言うものですから、学校は2年で辞めましたけど、今から思うとそれなりに教師に向いていたんじやないかと思うんですけどね」

――散師をされたのは母校ということですが、逆にご自身の中学時代はどんな生徒でしたか?

「思春期は皆がそうでしょうけど、いわゆるスター志向の強い子ども。そのうえ、努力が嫌いで、コツコツやるのが苦手というタイプでした。通っていた中学校は、部活動に非常に力を入れていて、まじめに練習に励む子の評価が高かったんです。朝礼台で表彰されるのも、部活動で活躍した生徒ばかり。私は、その砕からはみだしていたので、ほとんど評価されることがなかったんですね。先生は分かってくれないというのが当時の私が抱えていた最大の不満でした。私が埋もれているのは許せない。どうして、この学校で私は目立たないの?という思いが人一倍強かったですね。
 部活一辺倒の評価がくやしくて、読んでいる雑誌で見つけた作文募集に投稿して、文部省主催のなにかのコンクールで特選をとったことがあります。一人で勝手にやったことで、学校の先生はそんなコンクールの存在すら知りませんでした。だから、学校に受賞の連絡が入って、担当の指導の先生は?と聞かれて、先生方があわてふためく、という一幕もありました。
 当時の学校や先生方を批判するわけでは決してありませんが、もし、私が当時、私立に通っていれば、書く能力があるかどうかはさておき、物を書く子だといぅことが分かった時点で、人生は勉強と部活だけじゃない、書くことが好きだったら続けなさいと励ますなど、それなりに道を示してくださる先生もいたんじゃないかと思うんです」

 

■中学受験は、親が子どもの戦友になって一緒にがんばるのがベスト

――高校生のお嬢さんがいらっしゃるそうですが、中学受験されましたか?

「はい。娘が2人いて、今、高校3年生と高校2年生になりますが、どちらも中学受験をしました。
 中学で受験した最大の理由は、友達という最大の財産が得られることに期待したからです。私が学生時代の友人で今もつきあいがあるのは高校や大学の友人で、中学時代の知り合いでつきあいがあるのは1人もいません。私は中学校では孤独だったにも関わらず、孤立したくないがため、適当に友達を見つけて妥協するというようなことをしていましたが、とてもむなしかったんです。娘たちには、私が味わったような思いをさせたくなかったので、育った環境や考え方などが似ている子どもが集まるところに入れてあげようと。だったら、大事な友情を早い時期に育むことができるんじゃないかと思ったわけです。それで、上の娘は国立大学の附属中学、下の娘は中高一貫教育の私立の女子校を受験して進学しました」

――受験する中学は、どのようにして選ばれましたか?

「わが家の中学受験は、結局、親の好みでした。上の娘に附属中学の受験を奨めたのは、自著の『をんな紋』(角川書店)の主人公のモデルである祖母の出身校だったからです。娘は附属中学を卒業後、地元の公立進学校に通っているのですが、今になって、自分も妹のように中高一貫の学校に行きたかったとしきりに言うんです。国立大学の附属中学は高校がありませんので、中学受験に加えて、高校受験もしなければならなかったものですから。
 私が、あんたも中学受験のときそこに行きたいって言ったやないの、と言うと、娘は、ひいおばあちゃんが昔、袴をはいて通った学校だからとかなんとかお母さんに夢を語られると11歳の少女には冷静な判断はできなかったと言うんです。実際、そのとおりだとも思うんですけどね」

――中学受験の先輩として、これから中学受験を考えている保護者にアドバイスはありますか?

「どうせ親の考えや好みで中学受験をするのであれば、親は子どもと一緒に楽しんだらいいと思いますよ。11、12歳の子どもに自分で進路を選べというのは無理な話です。子どもが小さいうちは、親の助けが必要なんです。思春期の反抗期以前の子育ては、子どもと一緒にいること、一緒に楽しむことが大切だと思うんです。だったら、中学受験も子どもの無二の戦友として一緒に戦ってあげるのがいいんじゃないでしょうか。戦友ですから、もし子どもが失敗すれば、自分も傷つくわけです。だから、最上の道を選んであげなければならないし、無理はさせないでおこうという判断も戦友なればこそできます。喜びも戦友だからこそ大きいですしね。
 私は基本的に中高一貫教育に賛成で、画一的でないユニークな教育は私学ならでは、と思うんです。けれど公立の高校受験については、個人的には疑問があるんです。一番多感な時期に、人間を成績で輪切りにして優劣をつけてしまうというのはあまりいいこととは思えないんですね。17、18歳くらいで、身長がぐつと伸びる子がいるように、成績が急に伸びることってあるじゃないですか。その可能性を見ないで、中学3 年間だけの成績で、優劣の位置を決めるのは問題があるような気がします」

――お嬢さんはそれぞれ公立と私立に通っていらっしゃるわけですが、違いを感じることはありますか?

「下の娘の通っている私立は、校則は厳しいですけれど、生徒数が少ないせいか、比較的先生がゆとりを持って生徒を見てくださるような気がします。一方、公立は生徒数が多いので無理ないかもしれませんが、いろいろと融通が利きにくい面があるように思います。私も上の娘と同じような公立高校に行きましたが、ずいぶん先生に反抗して、頭をはたかれたり、教室から出て行けと言われて、教室の外に立たされたりしたものです。今、思うと反骨精神のヒーロー的気分に酔えたのは、アンチヒーローたる学校の存在があったからこそで、それなりに豊かなものを得ることができたのかなとも思いますけど」

 

■進路は個人の価値観で好きな道を進むのが自然

――これからの教育で、一番大切にしていかなければならないのはなんだと思われますか?

「子ども一人ひとりの個性を大事にしてくれることですね。個性とは、要するに好みが違うということなんです。私なんかは、みんなが好きなことが必ずしも好きじゃないっていう、どちらかといえばマイナーなほうにいた人間なので、昔と比べると好きなことをしてもいいという今の時代はありがたいです。子どもたちも今のほうが生きやすいんじゃないかと思うんです。その反面、好きなものがないという子どもにとっては、厳しい時代になってきたのかなとも感じます。下の娘は個性が強くて、ひとつのことを好きになると、周りが見えなくなるくらい走って、ある日突然、飽きるというタイプなんですが、今は、好きなものがなにもないって言うので心配なんですね。親としては、好きなものが見つからないという子どもの不安が分かりますから、好きなものが早く見つかるように祈ってるんですけど。
 最近、つくづく思うのは、子育ては小さい頃より、ティーンエージャーになった今のほうが大変だということです。体格は大人並み、情報網も大人以上で、社会も高校生や中学生を消費者として扱う状況に、昔のやり方で子育てをしていては子どもの気持ちは離れていきますよ。
 私は、高校に入ってからが本当の意味の子育てだと思っています。小さい頃は、食べさせて生活のリズムを守って、要は健康で大きくなってくれればそれでよかったのですが、一人の人間として意志を持ち始めたこの時期、社会的な道徳心や自由な精神を育てる、ということが重大なテーマになりますから。だから、今の段階では子育ての結論は出ていません。娘たちが18歳になったら一人前とみなして、子育てから退いていくつもりでいます」

――中学受験や高校受験について、お話をうかがってきましたが、大学受験については、どのようにお考えですか?

「上の娘がティーンエージャーになってから、中学受験に関してさんざん批判されましたので、大学選びについては娘の選択にまかせようと思っています。また、そういう決定ができる子どもに育てたつもりです。行きたい学校があって、スポンサーとして親も納得できれば、とことん援助をしてあげるし、第一の応援団であるからねと言ってるんです。
 自分の大学受験を振りかえると、要領が良かったですよ。3ヵ月くらい勉強して高望みはせず、ここでええやんというところを受けて、全部合格して。ピカピカの国立に行ったわけではないですけど、今こうやって好きなことをして生きていけるんですから、もっと背伸びをしてがんばればよかった、という悔いはないです。進路は個人の価値観によって、それぞれの好きな道を行くのが一番自分にとって居心地が良く、一番ナチュラルに暮らせる方法なんだと思います。自分が自分でいられないような道をガリガリ苦労して進む必要はないと思います。こんな考え方をするのは、みんなが一丸となって、産業を支える理科系を重んじ、ガーッと勉強して、という高度経済成長時代が終わった後に生まれたせいかもしれませんね。
 今、成熟社会といわれて経済成長が止まっているのに、一昔前と同じように、がむしゃらに勉強するというのは時代遅れになっているのがはっきり分かります。問題が解ける解けないで切磋琢磨していた時代が小さく見える気がします。社会的地位や金銭など物質的なものをみんなが追いかけていた高度経済成長時代のまま、偏差値の高い学校や官僚養成のための国立大学を全員がめぎすこと自体が、醒めなければいけない夢だと思います。これからは個人の能力が評価される時代。ほんとの意味で人間の力が試される時代じゃないでしょうか。
 私の小説に出てくる主人公は、みんな器用なんですよ。ガリガリの勉強をしてキャリアになったという子はいなくて、適当におしゃれを楽しんで、男の子とも付き合って、自分の好きな仕事を見つけて働いて、という子が多いんです。私自身がそういうタイプなので、主人公もそうなってくるんでしょうけど、これからの生き方としては、そんな感じでいいんじゃないかなと。現在の教育システムそのものが、みんなの満足いくものではないのだから、要領良くこなして、それぞれの青春をかけぬけてほしいですね」