玉岡かおる
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パリに吠える
小説新潮 2003年3月号「腹立ち日記」
 


 いっとき、“かぶれ”と言われるくらいせっせとヨーロッパに足を運んでいたのは、今月末に上梓予定の『天涯の船』(新潮社)を書いていたからで、上下二巻におよぶこの作品では、ウィーン、パリ、ロンドンと、いずれ劣らぬ美しい都市が舞台になる。
 主人公の下敷きにさせてもらった川崎造船所初代社長の松方幸次郎も、明治の終わりから大正にかけて、やはり何度もヨーロッパを訪れている。むろんビジネス出張なのだが、そのあいまに、莫大な金額で著名な画家の作品をガバガバ買い集めているのがおもしろい。
しかしその気持ち、なんだかわかる。小金ができたらヨーロッパへ。そして一度は美術館に足を運び、ブランドショップでお買い物。それは今も昔も変わらぬ魅惑のヨーロッパ・コースに違いないのだ。
 かく言う私も、バーゲンまっさかりの一月のイタリアでは、取材どころか、“SALDI”のポスターしか目に入らず、プチ幸次郎と化して買いまくりだ。おかげで出国する時、荷物が十キロオーバーになってしまった。
お願いまけて、と愛嬌をふりまくも、航空カウンターの金髪ねえちゃんは、これだけ外貨を落とした日本人を「お客様は神様です」とは敬わない。四百二十七ユーロ、日本円で約五万円の超過料金を、事務的に告げるのみ。
 旅の最後にケチがついたと気分は沈む。だが乗換地のシャルル・ド・ゴール空港は、フランスの商魂ここにありと言わんばかりに、買いそびれていたブランドショップが目白押し。どうせ荷物は超過である。開き直って、あれもこれもと手を出すうち、気がつくと搭乗時間になっていた。慌てて取って返すが、アホほど広いこの空港、ゲートがどこかわからない。尋ね尋ねてやっとたどりついたら、あろうことか、日本行きの飛行機は私を乗せずに飛び立っていた…。
嘘、嘘、嘘ぉ。だって私、ちゃんとチェックインしてたじゃんよー。・・パニクっている時は、抗議しようにも、二年もイーオンに通った英会話も屁のつっぱりにもならない。
「(お客様の飛行機は出ましたよ)」
 わかってるっちゅうねん。もっと慰めとかフォローとか、サービス精神はないんかーっ。
 幸次郎ならこんな時、心に誓ったことだろう。日本人を舐めくさって、今にヨーロッパの至宝を買い尽くしてやる、と。しかし私はただただ自分のドジを責めつつ、パリの寒空に吠えるのみ。二度とヨーロッパで買い物なんかするもんかー。