|
meet the author 著者インタビュー
川崎造船所の初代社長として経営史に名を残し、松方コレクションの収集家として美術史に名を残す松方幸次郎。だが、なぜ彼が美術に関心を持つようになり、精力的に作品を収集したのか、その契機や心情は詳しく伝えられていない。
「それを補った人物がいるんじゃないだろうか・・そう想像できるのが小説の魅力なんです。松方幸次郎は、アメリカ留学時代こそ母親宛の手紙がありますけれど、社長になってからはプライベートな日記の類はない。経済人としての記録はたくさん残っているのだけれど、彼の心の中だけがわからないんです。
これは私のために空白を残してくれているんじゃないだろうかと(笑)」
そう語る玉岡さんは、想像という小説家の武器をフルに使って、桜賀光次郎という男を生み出し、その想い人ミサオを主人公に置き、上下二巻の大河恋愛小説を書き上げた。
執筆には三年をかけた。現代の若者の軽やかな恋愛を描くことから作家活動を始めた玉岡さんだが「デビューの頃から漠然と『明治の女を書きたい』と思っていた」という。
「今の若者を書くだけで本当にいいのかという思いは常に頭にありました。デビュー作の中にも、生まれた土地を離れることが出来ない祖母と娘の物語が入っている。それを空間と時間を大きく移して書いてみたら、思いがけなく大きな旅になりました」
物語は神戸からの船出で始まる。ミサオは姫路藩の武家の娘。奉公先の九鬼藩の姫君の身代わりとしてアメリカに渡り、その途上で光次郎に出会う。史実に沿えば、船は横浜から出航し、ミサオを実在の人物ではない。だが、玉岡さんは、故郷の姫路と青春時代を過ごした神戸を描きたいと思ったという。
「姫路は明治以降、神戸に主役を譲ったまま。そこに再度、光を当てたかった。その神戸も震災でいちどゼロになった。明治の頃、ゼロからのスタート地点の神戸を描くことで、脈々と続いていく町の“いのち”にエールを送りたかったんです」
実業家として大成した光次郎も、不況の前に敗北し「ゼロ」となる。だが、すでに50歳を過ぎた光次郎の心は、一度は親友の妻となったミサオによって支えられていく。
「書き上げたみてわかったんですが、男の事業って二つあると思うんです。一つは経済。でもこれには波があるわけで、松方幸次郎も社史をみれば失敗者として扱われている。
もう一つの事業は経済活動を度外視したもの。すぐには仕事の役には立たない。お金にもならない、でも生命力の長い事業です。光次郎は二つの事業のうちの、どちらの成功者だったのかと」
物語の中盤、ただ財力だけで美術館を買いまくっていた光次郎を、親友が静かに評する場面に「心の役にしか立たないもの」という言葉がある。心の役にしか立たない、けれど大切なもの。「それが枯れていても、生きていくことは出来るけれど、果たしてそれは生きているということなのか」と玉岡さん。
目先の解を求めるばかりが本の読み方ではない。心の役にしか立たない、その豊かさが読み終えた者の心に静かに残る作品である。 |