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インタビュー
3年を費やした渾身の書き下ろし!
『天涯の船』を語る
間違いなく玉岡さんの代表作
新潮社今年の一押し
――このタイトルにはどういう意味合いが込められているのですか。
玉岡 『天涯の船』というタイトルは、中国の詠み人知らずの古い漢詩から来ているのです。ヒロインのミサオが留学に向かう姫路藩家のおひいさまの身替わりにされるときに、教養がないとばれるからと、宿題に渡された詩なのです。そして物語全般を通じて、この詩が根底に横たわっているのです。
――玉岡さんとこの詩との出逢いは古いのですか。
玉岡 実はこの詩との出逢いは、私の娘の受験テキストなのですよ(笑)。何気なく読んだのがとても印象に残っていたのです。でもタイトルは最後まで決まりませんでしたね。自分ではもう決められなくて、新潮社で会議を開いてもらってみんなで決めたのです。読む人によって「女性のための小説だ」とか「男のロマンを描いた小説だ」などと、かなり捉え方も違ったみたいですね。
――かなりの長編ですが、書き下ろし小説ですか。
玉岡 完全な書き下ろしです。各巻350ページですから、書いている方としてはそれほど長い気がしないのですが、原稿段階では読むのが大変だと皆さんに言われましたね(笑)。でも「間違いなく玉岡さんの代表作ですね」と言われる作品です。難産でしたが、時間をかけて書き上げたかいがあったと思っています。
――時代設定は具体的にはどの時代になるのでしょう。
玉岡 明治19年から第一次世界大戦を経て、第二次世界大戦突入までの話です。日本の近代国家成立と、若者が活躍した時代ですね。この時代は本当に時代のパワーを感じます。
――玉岡さんのこれまでの作品と比べても、かなり読み応えのある作品だと思います。
玉岡 見切り発進で書き進めて小説ですが、結果的にスケールの大きな作品になったと思います。骨のある力作だと、新潮社でも今年の一押しの一つとして扱ってくれていますね。行き先が決まらずに神戸港を出港した船が、世界中を回り、大きくなって帰ってきたような感じです。
日本に文明を輸入した男と
海外に羽ばたいた女性の物語
――松方幸次郎に焦点を当てている辺りは、神戸の人間としては興味をそそられますよね。
玉岡 そうですね。しかしフィクションですから、幸次郎は絵のことはまったく知らなかったという前提のもとで描いてます。絵のことは知らないが、日本の近代化には海外の一流の絵が大量に必要だと考え、数を集めることに尽力を注いだ人という解釈の方が私には自然だったのです。書いていて本当に面白かったですね。幸次郎は明治の近代化を担う人で、文明を輸入した人だと思うのです。だからせっかく購入しても神戸に入って来られなかった絵もたくさんあるのですよ。
――松方幸次郎さんに興味を持ったきっかけは何だったのですか。
玉岡 いろいろな資料を調べましたが、時代の先端をいくハイカラな人物だったにも関わらず、松方幸次郎には浮いた話が一つもなかったのです。一つもないというのは怪しいですよね(笑)。その辺りが、小説家としては想像力をかき立てられるのです。私はルポライターではなく小説家ですから。そこで「光次郎」というフィクションの人物を誕生させた。
――ヒロインのミサオを魅力的な女性ですね。
玉岡 ミサオはターデンホーフ・光子さんがモデルになっています。明治の時代にも多くの女性が海外留学をして先進の文明を学んできているのですが、女性が自由に生きられる時代ではなかったのですよ。良妻賢母を良しとする時代でしたからね。設定は姫路の家老の娘です。兵庫県は本来姫路藩が県庁所在地になるはずだったのです。この小説でやっと姫路にスポットを当てることができたような気がします。
書くのが楽しくて仕方がなかった
前を向くことの大切さを知った
――この小説には国際社会で日本女性が活躍しはじめる原点がありますね。
玉岡 『天涯の船』の「船」にはふたつの意味合いが込められています。まず光次郎が造船会社の社長であったこと。そしてヒロインのミサオがアンティークの船のジュエリーを持っていたことです。これを現代の女性がニューヨークのアンティークショップで発見するところから物語は始まるのですが、何に使うアクセサリーかわからないのです。実は帯留めだったというところから、海外で活躍した明治の日本女性の話へとつながっていきます。教育を受けたトップレディを養成するあめに、神戸港からたくさんの女性が海外に羽ばたいています。開港当時の神戸のパワーはすごかったようですね。
――最後にこれからこの小説を手にする読者に向けて一言お願いします。
神戸はパワーのあるまちです。徳川時代のしがらみがなかったので、明治の開港で一気に花開きました。その時代の神戸のまちで活躍したのが幸次郎です。幸次郎は経営者としては、結果的に失敗しました。しかし彼が追い求めた夢は、現代人に通じるものだと思います。技術輸入ばかりに目を奪われていた時代に、アートの輸入に目を向け、人間の豊かさを追い求めたのです。この小説を書き上げるのに3年の歳月を要しましたが、この3年間は本当に家に帰って書き進めるのが楽しみで仕方ありませんでした。そして書きながら「前へ向け!」という声を聞いたような気がします。 |