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故郷に美しい山河があることの幸福は、異国に来た時しみじみわかる。
オーストリア政府観光局の取材で訪れた壮大なアルプスを前にした時でさえ、私は神戸の山を思っていた。子どもの頃、神戸電鉄の車窓から見た菊水山に鵯越(ひよどりごえ)。緑濃い尾根を噛んで流れる渓流の白が好きだった。今はもはや、開発という名の人の手に押しやられ、ダムの湖底に沈んで、ふたたび見ることのできない風景。
それにひきかえ、町全体が世界文化遺産に指定されているザルツブルグの周辺には、神が造ったままの姿の山々が、数千年の時間をとどめていた。
歴代の皇帝や美貌の皇后が愛した美しい保養地バードカスタイン。そこからはたった1時間のハイキングで、地球の力そのものが氷河を動かして造ったオーストリア・アルプスの大パノラマを手に入れることができるのだ。
見上げれば、尾根と尾根とがぶつかるはざまに、万年雪となって残った雪渓が光っている。林道を往復する馬車に乗れば、木漏れ日に彩 られる道々に、切り倒したばかりの間伐材(かんばつざい)の樹の香がただよい、ささやかな水の流れが道連れになる。天気のいい日は確実に、かたくなな雪もやさしく解けて、アルプスの森の地面 をくすぐるように這い伝うのだろう。
その清冽(せいれつ)な雪解け水は、バードカスタインの水として店頭に並んでいる。ヨーロッパでは、飲料水は買うものと決まっているが、ここでは、水は直接水道から飲むことができるのだ。
手に触れた水の、冷たさ、豊かさ、清らかさ。それを、私はたしかに知っていた。やはり神戸の山で、谷を流れる水の透明度に驚いた日があるからだ。これほど澄んだ水では、そこに棲む魚もガラスのように透き通るのだろうと信じていた。
遠い記憶の渓流で、今もガラスの魚は泳いでいる。ここ数年、きれいな水にはとても敏感になった日本人。自分自身の透明度は、もはや同じではないのだろうけど。
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