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あまりに恥ずかしい事件で、絶対他言するまいと固く心に誓っていたが、時がたつと、自分の中でもこなれたからか、とうとうこのエッセイに書こうとしている。
実は、ひったくりの被害に遇ったのだ。それも、見知らぬ外国の繁華街というなら用心もするが、なんと、毎日通っている最寄りの駅前で。午後十時にならない時刻だから、人通りもじゅうぶんあった。よほどぼんやりしていたのだろうと言われれば声も出ない。提げていた鞄を後ろから掴まれた時、「え?」とは思ったのだ。だがひったくりと言うにはあまりにも穏やかだったから、盗られたと実感したのは、自転車に乗った男が私の鞄を持って二メートルも離れた時だった。ドロボー、と叫んで駆けだすと、通行人が何人か、取り押さえようとしてくれた。しかし敵は自転車、ぬらりくらりとかわされれば、人々はあっさり退いてしまう。ひどいよ、ふざけていると思われたらしい。こっちは必死で後を追い、息を切らして走ったというのに。
なかなか来てくれない警察、来ても調書を取るのに懸命で、いっこうに捜索してくれてる様子もないおまわりさん。悪いけど、調書なんかプロの私が書いたら百倍早そうだ。翌日、盗まれた鞄は、現金と金目の品だけ抜いて、現場から二百メートルの児童公園でみつかった。ほらぁ、あの時探してくれてたら捕まってたじゃんよと、また八つ当たり。
それにしても、こんなことが起きるとは、わが町はいったいどういう治安だ。
厄払いに出掛けたのは、散歩がてらの近所のお寺。ほんの百メートルのところにある古刹が、弱った心によく効くオアシスだ。
ところが、聞けばこのお寺でも、ひどい盗難被害に遇ったばかりとか。外国人窃盗団の容疑者が逮捕されたものの、盗まれた仏画は、国外に売りさばかれて戻ってこないという。
古い仏教美術は大陸からもたらされたものが多く、由来にもそう書かれて寺で何百年も大切にされてきた。それを今頃、力ずくで盗んでいくというのもずいぶん無体な話である。
日本国民が未来にわたって受け継ぐべき文化財を奪われるという、こんな大きな被害を前にすれば、私の災難など比べ物にもならず、戻らぬ仏様を案ずる住職の話にただ心が痛む。こういう時、昔の人は、災い転じて福となる、などと目の前の被害を慰めた。はたして福はいつ来るやら。二日遅れでやってきた筋肉痛は、年甲斐もなく全力疾走した私自身をあざ笑って容赦ない。

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